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【生野区の葬儀】直葬に待った|お寺で営む寺院葬

【生野区の葬儀】直葬に待った|お寺で営む寺院葬

はじめに

生野区で葬儀を検討される方から、最近とくに増えている相談があります。


それは「何を基準に決めればよいか分からない」という不安です。

葬儀は、突然の出来事のなかで短時間に判断を迫られます。


その結果、見積もりの後に追加費用が発生して戸惑うこともあれば、直葬(火葬式)で済ませたものの、後から気持ちの整理がつかず苦しむこともあります。


いずれも、当事者の責任というより、現代の社会構造がつくり出している問題だと感じています。

さらに、インターネット上の葬儀情報は、どうしても事業者側の情報が中心になりやすく、僧侶が「葬儀の意味」や「判断の軸」を丁寧に説明した文章は多くありません。


だからこそ本稿では、浄土真宗本願寺派の僧侶として、そして地域で相談を受ける住職として、次の点を率直にお伝えします。

  • 葬儀費用が不透明になりやすい理由と、確認すべきポイント
  • 直葬が増える時代に、私が安易な直葬をすすめない理由
  • お寺で営む葬儀(寺院葬)が持つ「本物の葬儀」としての意味

「立派に整える」ためではなく、大切な方との別れを、後悔の少ない形で引き受けるために。


読み終えたとき、判断の軸が一本立つように、できるだけ分かりやすく書いていきます。

1. なぜ今「葬儀」が社会問題なのか(住職の立場から)

近年、「葬儀不要論」「葬式仏教批判」「直葬(火葬式)」「簡易葬」など、葬儀をめぐる言葉が強く流通するようになりました。

これは“流行”ではなく、死別の受け止め方・家族のかたち・経済事情・地域共同体の変化が、葬儀の現場に一気に押し寄せているからです。

実際、宗門の研究(浄土真宗本願寺派総合研究所)でも、葬儀をめぐる議論が僧侶側から提起されたものではなく、社会側(マスコミ等)から潮流として形成されたことへの問題意識が述べられています。

だからこそ私は、いま改めて「葬儀の意味」を、僧侶の言葉で説明したいと思ったのです。

2. 葬儀の不透明さ(追加費用)は、なぜ起きるのか

葬儀費用が「わかりにくい」と感じられやすいのは、だいたい次の事情が重なるからです。

追加費用が出やすい“典型ポイント”

● 安置日数の延長(火葬場の空き・親族集合の都合)

● 式場の延長・時間帯加算

● 人数増減に伴う返礼品・飲食

● 搬送回数・距離・人員の増加

「直葬のつもりが、後で法要・納骨・手続きが増える」(結果的に総コストが読みにくくなる)

ここで大事なのは、誰かを責めることではありません。

短時間で決断を迫られること、そして葬儀が**組み合わせ式(オプション)**になりやすいことが、不透明さを生みます。

実務アドバイス(これだけは守ってください)

「含まれるもの/含まれないもの」を書面で確認してください。

特に「安置日数が延びた場合」「式場延長」「返礼品・飲食」「搬送回数」は、必ず先に確認しましょう。

これだけで、後悔とトラブルは大きく減ります。

3. 直葬(火葬式)に私は反対です(※事情は理解した上で)

私は、事情があることを承知で申し上げます。

安易な直葬(火葬だけで終えること)は、基本的におすすめしません。

宗門の調査でも、直葬という言葉の中身が揺れている(「宗教者が介在しない」「火葬のみ」「式場を使わない」等が混在する)現実が整理されています。

この“揺れ”があるまま直葬を選ぶと、あとで心が追いつかないことが起きやすい。

直葬後に多い相談(現場感覚)

● 「何もしてあげられなかった気がして、罪悪感が残る」

● 「親族・関係者間で気持ちの整理がつかず、わだかまりが続く」

● 「手を合わせる場がなく、悲しみが宙に浮く」

● 「結局、後から法事や納骨が必要になり、負担が増える」

ここで、『宗報 2010年6月号』の巻頭言にある言葉が胸に刺さります。

「葬儀は、故人にとっても遺族にとっても、人間が人間であることの証しである」

葬儀は、単なる手続きではなく、人が人として別れを引き受けるための営みです。

4. 「本物の葬儀」とは何か──僧侶が勤める意味

ここで言う「本物」とは、豪華さや演出のことではありません。

葬儀の中心が“教え(聴聞)”に置かれていることです。

宗門研究では、葬儀が消費社会の中で「商品」として扱われ、僧侶が“必要なら呼ばれる存在”へと変化していく構図が指摘されています。

だからこそ僧侶は、読経だけでなく、法話(言葉)によって葬儀の意味を回復する責任を負う。

浄土真宗本願寺派の葬儀は、追善供養のための儀式ではありません。

阿弥陀如来の本願を聞き、死別の現実の前で、遺された私が「私の姿」を知らされる場です。

悲しみの中で手を合わせる、その時間そのものが、遺族の歩み直しの支えになります。

5. お寺で営む葬儀(寺院葬)という選択──生野区での実際的メリット

① 迷いが少なくなる(中心がブレない)

“段取りの正しさ”より、読経と聴聞が中心になります。

遺族にとって、心の置き場ができやすい。

② 不透明さを減らしやすい

寺院側が「儀礼の核」を担い、葬儀社が「運営・実務」を担う。

役割分担が整理されることで、見積もりも透明化しやすくなります。

③ 小さくても「意味」は小さくならない

家族葬規模でも可能です。

「小さい=薄い」ではなく、小さくても中心が立つのが寺院葬です。

6. 『葬儀規範』に基づく“基本の次第”(例)

本願寺派の資料では、葬儀は「別離(死)の厳粛な現実」の前で営まれ、遺族の悲しみに寄り添いながら、状況に応じて工夫してよい、と整理されています。

その上で、次第(例)が示されます。

1. 入場・着座

2. 合掌礼拝

3. 読経 (伽陀/奉請など 適宜)

4. 導師焼香

5. 表白

6. 読経(正信念仏偈等 適宜)

7. 念仏・和讃

8. 回向

※ここが「葬送儀礼」の骨格です。

派手さではなく、伝統に基づく“核”がございます。

一人一人の人生に寄り添うならば、その数だけ葬儀の形もあるということです。

7. よくある質問(FAQ)

Q1. 家族葬と寺院葬は何が違いますか?

家族葬は「規模」の呼び方、寺院葬は「場所と中心(教えを聞く場が立つ)」の呼び方です。小さくても、お寺で僧侶が勤めれば寺院葬になります。

Q2. 直葬を決める前に相談してもいいですか?

むしろ、決める前が大事です。直葬は後から心の痛みが出やすい。短い時間でも整理しましょう。

Q3. 葬儀費用の追加を防ぐコツは?

「安置日数」「式場延長」「返礼品・飲食」「搬送回数」を先に確認し、含まれる/含まれないを必ず書面で押さえることです。

Q4. 菩提寺がありません。相談できますか?

状況を伺い、可能な範囲でご案内します。無理に急がず、落ち着いて整理しましょう。

8. 住職より(結び)

葬儀は、無駄でも、贅沢品でもありません。

亡き人との別れを「終わり」にせず、遺された私たちの歩みへと未来に引き継ぐ行事です。

だから私は、こう申し上げます。

「納得のいく葬送となるよう事前に家族でご相談ください。」

「葬儀社へ見積もりを取りましょう。」

「ご家族間で共有することが困難な場合は、“後悔の少ない別れ”のために、一緒に整理しましょう。」

急いで決めるほど、後から苦しみが残ります。

幸教寺では、生野区・大阪市内で葬儀を検討中の方のご相談を承ります。

費用の不安、親族間の不安、宗派のこと、納骨や法事のこと、どこからでも構いません。

葬儀は“形式”のためではありません。

幸教寺は、そのための相談をお受けします。

お問い合わせは下記【】内リンクにて受け付けております。

【お問い合わせ】

投稿者プロフィール

石原 政洋
石原 政洋住職
高校在学中に仏道へと入門し、早20年以上携わっております。当寺ではあらゆる角度から仏教の素晴らしさをお伝えするとともに、仏教伝来より培われてきた伝統文化と健康を共有する「体験型」寺院を目指し活動しております。ライフスタイルの多様化により、葬送や納骨などの形式が変化している近年です。終活に関するご相談も随時承っておりますので、お気軽にご相談ください。