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認められたい気持ちが強いほど、なぜ心は疲れるのか

認められたい気持ちが強いほど、なぜ心は疲れるのか

仏教が「足りていること」に目を向けてきた理由

「もっと評価されたい」


「ちゃんと価値のある人間だと思われたい」

そう願うこと自体は、決して悪いことではありません。

けれど現代では、その気持ちがいつの間にか休まらない苦しさへと変わってしまうことがあります。

  • SNSでの「いいね」
  • 仕事での評価
  • 人間関係の反応

気づけば、自分の存在価値を外から測り続けている

そのしんどさを、仏教はずっと前から見つめてきました。

現代人は「生きる前に、認められたい」

人間が持つ欲求をピラミッド状の5階層で捉えた「マズローの欲求5段階説」では、人の欲求は段階的に高まると考えられてきました。

1. 生きること(生理的欲求)

2. 安全であること(安全欲求)

3. 人とつながること(社会的欲求)

4. 認められること(承認欲求)

5. 自分らしく生きること(自己実現欲求)

けれど現代社会では、1の生存や、2の安全は「当たり前」に満たされています。

その結果、多くの人が最初から

● 「認められたい」

● 「自分らしくありたい」

という上の段階に立たされています。

これを、「逆三角形の欲求構造」と呼ぶこともあります。

土台をゆっくり確かめる前に、いきなり承認や自己実現を求める。

だから、少し評価が下がるだけで、心が大きく揺れてしまうのです。

承認欲求は、満たされても終わらない

SNSは、承認欲求をとても分かりやすくしてくれました。

● 数字で見える「いいね」

● コメントという即時の反応

● フォロワー数という比較

一時的に満たされたように感じても、その安心感は長く続きません。

なぜなら、承認欲求は他者次第だからです。

評価がある限り、評価が下がる不安も同時に生まれる。

仏教では、この状態を「煩悩(ぼんのう)」と呼びました。

この私を煩わせ悩ませる心理状態のことです。

ただ、欲そのものが悪いのではなく、”依存してしまうことが苦しみになる”と見ます。

仏教が示した答えは「足りていることに気づく」

仏教には、少欲知足(しょうよくちそく)という言葉があります。

意味はとても素朴です。

● 欲をなくせ、ではない

● 欲を抑え込め、でもない

「すでに足りていることを知る」ということです。

評価されなくても、誰かに見られていなくても、今日を生きているという事実。

そこに目を向けることで、承認を「外」から奪い合う生き方から、少し距離を取ることができます。

これは、頑張らない諦めではなく、心を守るための知恵です。

自己実現は「自分のため」だけで終わらない

現代では、

● 好きなことを仕事にする

● 自分らしく生きる

● 可能性を最大限に発揮する

こうした言葉が溢れています。

仏教もまた、人の心が成長し、目覚めていくことを大切にします。

ただし、そこで一つ大きな違いがあります。

仏教は、自己実現の先に他者へのまなざしを置きました。

これを”菩提心”(ぼだいしん)といいます。

「自分が満たされたい」から「誰かの苦しみを減らしたい」へ。

自己実現は、個人の達成で終わるものではなく、自然と社会へ開かれていくものだと考えます。

感謝が自然にある日本文化

「感謝しなさい」と上から言われると反発したくなるものです。

しかし、日本にはさりげなく感謝の意を伝える文化があります。

● 食事前後の「いただきます」「ごちそうさま」

● 祈りの姿「黙祷」「合掌」

これらによって、

● 自分がどれほど多くの縁(先祖や周りに人)に支えられているか

● それに気づく時間を持つこと

を大切にしてきました。

その行為の本質に気づいたとき、感謝が自然に生まれます。

無理に生み出すものではありません。

立ち止まって「聞く」ための場所

仏教には、評価も成果も求めないまま、ただ教えを聞くための場所と時間があります。

それがお寺です。

”お寺という場所”において特に”聞く”ことを重要視した催しが、

● ご先祖様を縁として営まれる永代経(えいたいきょう)法要

● 親鸞聖人の教えにあらためて耳を傾ける報恩講(ほうおんこう)法要

これらの催し(法要)は、

● 正解を示す場ではなく

● 反省を迫る場でもなく

「すでに与えられているもの」に静かに気づいていく時間です。

おわりに

承認欲求も、自己実現への願いも、現代を生きる私たちにとって自然なものです。

仏教は、それらを否定しません。

ただ、

● 外に振り回され続けないこと

● 自分を責めないこと

● 他者へと心を開いていくこと

その方向を、そっと示してきました。

もし、「認められたいのに、しんどい」そう感じる日があれば、立ち止まって聞く時間があることを、少しだけ思い出してみてください。

投稿者プロフィール

石原 政洋
石原 政洋住職
高校在学中に仏道へと入門し、早20年以上携わっております。当寺ではあらゆる角度から仏教の素晴らしさをお伝えするとともに、仏教伝来より培われてきた伝統文化と健康を共有する「体験型」寺院を目指し活動しております。ライフスタイルの多様化により、葬送や納骨などの形式が変化している近年です。終活に関するご相談も随時承っておりますので、お気軽にご相談ください。