BLOG ブログ

【第10回】依釈段④ 道綽禅師 玄中寺の碑文から始まる転回

【第10回】依釈段④ 道綽禅師 玄中寺の碑文から始まる転回

前回のおさらい 曇鸞大師が示した「他力の地図」

前回は、曇鸞大師が、浄土へ往くはたらき(往相)も、浄土から還って人を導くはたらき(還相)も、どちらも阿弥陀さまの他力回向なのだと明らかにされたことを学びました。


そして「浄土に生まれる因(もと)」は、私の努力の積み上げではなく、ただ“信心”一つ

つまり、阿弥陀さまの本願におまかせする心によって定まる、というところが要点でした。

では、その教えは「いつの時代の、どんな私」に向けられているのでしょうか。


ここで登場するのが道綽禅師(どうしゃくぜんじ)です。

道綽禅師は時代の現実を直視して、“今の私たちが通れる道”を示された方でした。

1.道綽禅師とはどんな人か

道綽禅師(562〜645)は少年の頃に出家されました。

ところが12歳の頃、北周の武帝による厳しい仏教弾圧が起こり、仏像や経典は焼かれ、僧侶は殺されたり還俗させられたりします。

道綽禅師もまた僧侶を辞めさせられました。

のちに弾圧が終わり仏教が復興すると、禅師は再び出家し、厳しい修行へ戻られます。

当初、禅師が深く学ばれたのは、お釈迦様が亡くなる直前の教えを記した経典『涅槃経』でした。

そこに説かれる有名な言葉が「一切衆生悉有仏性」(いっさいしゅじょうしつうぶっしょう)です。

意訳:すべてのいのちに仏となりうる可能性が具わる

けれども、可能性が語られても、現実の私たちの姿はどうでしょう。

心は散り、怒りや欲が尽きず、修行を積み上げるほど「自分はできていない」と痛感する。

禅師は、まさにその“時代の手触り”を、還俗という体験を通して身に受けられたのだと思います。

「禅師」と呼ばれた理由

七高僧のうち、中国の三師は曇鸞大師・道綽禅師・善導大師です。

この中で道綽だけが「禅師」と呼ばれます。

これは後世の禅宗僧の呼称とは違い、当時、坐禅など修行を特徴とした人への呼び名でした。

道綽禅師は、この“理想”と“現実”の間で、ほんとうに歩める道を探された方だと言えるでしょう。

2. 玄中寺の碑文がひらいた新しい道

48歳のとき、かつて曇鸞大師が住された玄中寺に立ち寄られます。

そこには曇鸞大師の徳を讃える碑があり、禅師はその碑文に深く感銘を受け、浄土の教えに帰依されました。

曇鸞大師の往生から約70年後のことです。

それをきっかけに浄土の教えに帰依し、その地に住して、亡くなるまで念仏を勧め、『観無量寿経』の講義を重ね、ついに『安楽集』(あんらくしゅう)を著します。

ここから道綽禅師の眼差しははっきりします。

「人が救われる道は、時代と切り離せない」と。

3.末法思想 いまはどんな時代か

禅師の思索の土台にあるのが、『大集月蔵経』(だいしゅうがつぞうきょう)などで語られる「末法思想」(まっぽうしそう)です。

末法思想(まっぽうしそう)とは、お釈迦様が亡くなってから時間が経つにつれ、仏教の教えが正しく伝わらなくなり、世の中が乱れるという予言的な歴史観のことです。

以下の「三時(さんじ)」という3つの期間に分けて考えます。

1. 正法(しょうぼう)
期間: 入滅後500年(または1000年)。
状態: 教法・修行・悟りのすべてが備わっている、正しい時代です。

2. 像法(ぞうほう)
期間: 正法の後の1000年。
状態: 教法と修行はあるが、悟りを得る人がいなくなる、正法に「似た(像)」時代です。

3. 末法(まっぽう)
期間: 像法の後の1万年間。
状態: 教法(言葉)だけが残り、修行する人も悟る人もいなくなる、救いの極めて難しい時代です。

ここで大切なのは、末法を「怖い話」として語ることではありません。

禅師が問うたのは、この時代、この身、この心で、ほんとうに歩める道は何か、という一点です。

※日本では平安時代中期の永承7年(1052年)が末法元年であると信じられ、激しい社会不安を引き起こしましたが、時代区分が合わないのは、歴史的な事実に加え、「釈迦がいつ亡くなったか」という基準点と、「正法・像法の期間」をどう数えるかに複数の説があるためです。

4. 正信偈に見る道綽禅師 現代意訳つきで読む

道綽禅師の要点は、正信偈に凝縮されています。

ここでは一つずつ、短い現代意訳を添えます。

● 道綽決聖道難証(どうしゃくけっしょうどうなんしょう)

現代意訳: 自力の修行の道(聖道門)は、この末法の時代には成就しがたい、と見きわめられた。

● 唯明浄土可通入(ゆいみょうじょうどかつうにゅう)

現代意訳: だからこそ、他力の道(浄土門)こそが、ほんとうに通り抜けられる道だと明らかされた。

● 万善自力貶勤修(まんぜんじりきへんごんしゅ)

現代意訳: さまざまな善行や努力を“救いの切り札”にする考えを退けた。
※「努力が無意味」という意味ではなく、「努力が救いの原因になる」という見方を退けた、ということ。

● 円満徳号勧専称(えんまんとくごうかんせんしょう)

現代意訳: 欠けのない功徳がこめられた名号「南無阿弥陀仏」を、もっぱら称えるよう勧められた。

ここまでが、道綽禅師の“道の選び方”です。

「どの道が尊いか」ではなく、「どの道が“いまの私”に届くか」を基準に置いたところに特徴があります。

5.三信・三不信 信心が揺れる私たちへ

道綽禅師は、信心をとても丁寧に語られます。

それが正信偈の次の一句です。

三不三信誨慇懃(さんぷさんしんけおんごん)

現代意訳: まじりもののある信(不信)と、まじりもののない信(信)を区別し、ねんごろに教えられた。

ここで言う「三信」は、

1. 淳心(じゅんしん):混じり気のない、厚みのある心

2. 一心(いっしん):ふたごころのない心

3. 相続心(そうぞくしん):途切れず続く心

反対に「三不信」は、

1. 不淳:薄くなったり熱が冷めたりする

2. 不一:あれこれ迷って定まらない

3. 不相続:続かず途切れてしまう

正直、私たちの実感としては「三不信のほうが身近」かもしれません。

信心をスマホの電波のように「自分で電波を出すもの」だと思うと、スマホに不備があったり圏外になったら終わりです。

でも他力の信心は、「基地局(阿弥陀仏側)から届く電波」にたとえられます。

こちらが不安定でも、届くはたらきがある。

だから支えられる。

道綽禅師が丁寧に言いたかったのは、「揺れる自分を責めるより、届いているはたらきを頼め」ということではないでしょうか。

6.時代を超えて“同じく悲しみ、引く”

像末法滅同悲引(ぞうまつほうめつどうひいん)

現代意訳: 像法・末法・法滅の時代の人々を、等しく悲しみ、導き入れてくださる。

「この時代の人はだめだ」と切り捨てるのではなく、「この時代の人をこそ、見捨てない」

ここに、浄土門の芯があります。

7.結び 一生造悪値弘誓

一生造悪値弘誓 至安養界証妙果(いっしょうぞうあくちぐぜい しあんようがいしょうみょうか)

現代意訳: たとえ生涯、迷いを重ねる身であっても、阿弥陀仏の広大な誓願に出遇えば、浄土に生まれ、さとりを得る。

ここでの「造悪」は、「悪いことをしていい」ということではありません。

むしろ “真実がわからず、思うように生きられない私” を含めた言葉です。

その”私を目当てとして、こぼさない”ここに親鸞聖人の「悪人正機」が重なります。

その私を見抜いたうえで、なお救いから漏らさない”はたらき”こそ安養の世界に至る証なのです。

8. 次回予告 善導大師へ

次回は中国浄土教の大成者である善導大師へ進みます。

道綽禅師が「浄土の一門」を打ち立てたその道を、善導大師がどのように“実践の形”として整えていかれたのか。

「称名念仏」がいっそう明確になっていく流れを、『正信偈』に沿って読み解きます。

投稿者プロフィール

石原 政洋
石原 政洋住職
高校在学中に仏道へと入門し、早20年以上携わっております。当寺ではあらゆる角度から仏教の素晴らしさをお伝えするとともに、仏教伝来より培われてきた伝統文化と健康を共有する「体験型」寺院を目指し活動しております。ライフスタイルの多様化により、葬送や納骨などの形式が変化している近年です。終活に関するご相談も随時承っておりますので、お気軽にご相談ください。